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『狭き門』 著/アンドレ・ジッド 訳/山内義雄

2010.04.16 *Fri
狭き門 (新潮文庫)狭き門 (新潮文庫)
(1954/03)
ジッド

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 わたしはこのまま、ふたたび自分の独りであることを思い出さないうちに、すぐさま世を去りたいと思っている。




 はい、というわけで、今回は雨さんから借りた『狭き門』をお送りします。
 題名自体は、文学少女関連で知っていたんですけどね。しかし、実際読んでみると、ちょっと印象が違ってびっくり。それが日本人になじみの薄い宗教関連だから、と言ってしまえばそれまでだけれど、でも骨組み自体は至極単純なんで、理解できないこともないです。そんなわけで、機会があればぜひ一読を。
 ま、文学言われるだけあって読んで損はないと思うよ?






 それじゃあ、ここから下はネタバレありの感想をー。








 読んで思ったこと。

 ジェロームにアリサを押し倒すくらいの気概がありゃ問題なかったんじゃね?
 いや、ネタでも何でもなく、マジで。

 結局この話って、いろいろ言っていますけれど、アリサが勝手に自己完結して終わってしまっているんですよね。それを自己犠牲の愛の形として奇麗と思うか、はたまた独りよがりの愛の形だと思うかは、人それぞれじゃないかと思います。うん、まあ普通に自己犠牲の愛だってことで定着しているし、それが正解だとは思うんですが。(まあ、あと一つそうして犠牲になることで自らをジェロームと神の両方にとっての絶対にする、ってのも考えないでもなかったんですが、彼女の日記の最後の文を考えたらそれは失敗してますし)

 さて、ここで一番問題にあげたいところが、そのアリサの選択に対して、ジェロームの気持ちがまったく考慮されていない点です。
 ここでアリサを責めるのは少しお門違いかもしれません。だって彼女はそういう風にしか生きられなかったんです。信仰に身をささげることが一番の幸福であると彼女は信じ切っており、そして他の人もそうすることが当然と、そう思っている。その価値観そのものを安易に責めることは、それに対するだけの強い覚悟のない人間には、してはいけないことだと思います。
 唯一その考え方に批判していいのは、その他の信仰や矜持を同等程度に持った人間か、その強引な価値観を押し付けられている張本人であるジェロームだけです。
 っていうか、アリサを救うことができる人間はジェロームを除いていなかったはずです。だって、アリサがジェロームを愛していたことは本当で、ジェロームのためになりたいと願っていたことは確実なんですから。(つかそもそもそれが行き過ぎてあんなことになったわけだし)
 だから、ジェロームはアリサともっと話をするべきだった。わかり合いたい、ふれあいたい、近づきたい、そう思うんなら、もっと二人の間にある距離を取り払うべきだった。もちろん、それができないのが恋愛だというのは分かっています。けれど、ジェロームはあまりにもアリサを大切にしすぎた。口ではアリサがいなければ駄目だと言いながら、強硬な手段にでなかったのは、あくまでアリサの方からも自分を求めてほしいと願ったから。同じように愛する思いがあるんだから、最後は絶対に自分の元に来てくれるとでも思ったんでしょうが、アリサの方はもはや妄執とすらも思えるくらいに一つの価値観にとらわれていた。その考えをジェロームはもっと早く分かってやらなければいけなかったんです。

 ここで、ジェロームがアリサと同じ価値観を抱くことができれば、ある意味で一番のハッピーエンドなんでしょうが、それは最後のジェロームの様子を見ると少し難しいように思います。頭では理解していても、それがどれほどの価値をもつものなのか、ジェローム自身そこまで感じ取れていないんじゃないかなぁと感じました。
 だからこそ、やるとしたらアリサの考えを砕いてやるくらいしかなかったんじゃないかと。ま、それが可能かどうかはわかりませんけどね。けど、ジェロームは少なくとももっとなりふり構わず求めるべきだったんですよ。既成事実つくりゃこっちのもんさ!(いや、まあ時代的とお国的に、それやったら非常にまずいかもしれないけど)

 でもまあ、冗談でなく、もっと二人はいちゃいちゃすべきでした。少なくともアリサが禁欲的であるのは仕方ないにしても、ジェロームまでその禁欲に付き合ったからこうなったんじゃね?と。
 もうこの禁欲さは、ある種放置プレイですよ。ってか、狭き門の感想あさってたときに、『ストイックを通り越してもはやドMな愛』というコメントを見つけて吹きました。うん、確かにそうだと思うよ。




 さて。ジェロームについて語ったところで、アリサについて。

 こっちは正直、語れば語るほど他の人の感想とかぶると思うからあんま語りたくないんですけど。

 とりあえず、この物語で一番重要な点が、自身の信じるものに対してひたすら清純であろうとし、実際それを貫き通したアリサが救われなかったって点です。
 しかも、それをアリサ自身が自覚している節がある。彼女は、信仰に対して素直であることこそ幸福であると思っていましたが、そうしていながら結局自分は独りであることを自覚して退場するのです。そこには自分が犠牲になることによってジェロームがより高みに昇れるのだから、それ自体に思うことはないと言う気持ちもあるのでしょうけど、結局のところ『独り』であるということを自覚しているわけです。その点を考えて、今回の引用文はあれにしました。
 アリサが第三者の目から見て救われなかったのは当然として、当の本人すらも、自分を救えなかった。自分が犠牲になる、という考え方がそもそも救いを求めていない証左ではありますけど、求めていないからといって、ここまで信仰に尽くした人間が報われることなく最期を迎えるというのは、やはり宗教的な考えに対しての批判なんでしょう。(実際、ジッドはアリサの考え方に対する批判としてこの作品を書いたみたいだし)

 ただまあ、個人的には、アリサは可愛そうとは思わないんだよな。なんでって、結局のところアリサは自分で決めてそれを選んだわけだし。むしろ可愛そうなのはジェロームだよ。ふるわけでもないのにそんなわけのわからん理論で一緒になること拒まれるなんて。まだ嫌いって言われた方がましだわ。(まあ、それじゃ意味ないんだが)
 世の中には自分の思うがままに生きても、どうにもならないことがあるってことですね。これでアリサのジェロームへの愛がさほどじゃなかったら、もしかしたらすげーうまくいったのかも知らないと思うと、確かにこの話は激しいほどの純愛だよ。結局二人とも愛し愛されしてたわけだしね。(無茶苦茶すれ違ってたけど)




 そんなわけで、文学作品に対して無責任に適当なことを言いまくって今回はおしまい。
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『アルジャーノンに花束を』 著/ダニエル・キイス 訳/小尾蓉佐  感想

2009.12.17 *Thu
アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)アルジャーノンに花束を (ダニエル・キイス文庫)
(1999/10)
ダニエル キイス

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 「でもぼくは生命のない物体ではありません
  ぼくは人間です」





 どうしてこれほどまでの傑作を、今まで読まなかったのか……。

 実は読み始めたのは夏ごろの話でして、その時は友人から借りて読んでいたんですけれど、半分ほど読み進めた段階で、「これは自分で買わなきゃいけない!」と思いまして。結果的に、購入ができたのは10月ごろで、そのあと昨日まで完全に放置しておりました。
 しかし、いったん読み始めると止まらず、本当にあっという間に読み終わりました。

 これは、本当に一度は読んでおいて損はない名作だと思います。ぜったいに、いろんなことを考える。できれば中高生時代に読みたかった。







 ここから先の文章は、もう何度も書き直しているのですが、それはやっぱり自分でもうまく噛み砕けていないからなのかもしれません。本当に、自分の読解力と文章力がうらめしくなりますね。

 それでよければどうぞ。











 よくこの本の感想で、『泣ける』ということを聞いていたのですが、読み終わったときに自分が感じたのは、無常感に似たせつなさでした。
 どうにもうまくいかないもどかしさ。そして手に入れたものと失ったものを比べてしまうさみしさ。そういった感情がないまぜになって、せつないなぁ、と思ってしまいました。




 結局、幸せなんてものは、一概に言い表すことができないってことなんでしょう。無知である時のチャーリイが幸せとも言い切れないし、天才の時のチャーリイが幸せとも言い切れはしない。知恵があるからこそわかる不幸があるし、無知だからこそわかる幸せがある。大切なのは、その両方を、しっかりと作者が描いているところだと思います。
 作者は、どっちがいいとは言っていないんですよね。だからこそ、この作品は考えさせられます。天才の時に持っていたものと、無知の時に持っていたもの。その両方を持つことはできない。片方は必ず落としてしまう。そのもどかしさが、とてもせつないのです。



 また、知恵をつけて、いろんなことを知ったチャーリイは、過去の自分に悩まされて、今の自分と過去の自分を違う存在のように感じます。そう、読者も思わされます。知識があることで、感性が全く違うようになってしまった自分を、別の他人のように思ってしまう。根底は一緒であると思いこもうとしながらも、それを信じることができない自分がいる。その思いが、余計に過去の自分へのコンプレックスを募らせてしまい、また過去の自分と今の自分を別のものと感じてしまう。

 けれど、根底にあるものは変わらないのだということが証明されるのが、最後の一文です。自分とともに生きてきた友達であるアルジャーノンのお墓に花束を添えてほしいという言葉。それは、天才であったころのチャーリイがずっとやってきたことであり、そして知恵遅れに戻ってしまっても残っていた気持ち。知恵をつけたことでまったく別人になってしまったと思っていたチャーリイですが、それでも同じ感性を持った人間であることに変わりがないとわかった瞬間。それがわかってそこを読むと、余計に寂寥感を覚えます。

 引用文に、どの文章をあげようかと悩んだ末に、あれを選んだのはそのためでもあります。たとえどんな状態であっても、チャーリイがチャーリイであることに変わりはない。得たものと失ったものが人を変えるというのは、表面だけの問題で、一番深いところは変わることがないのだと。それ自体は作中でもチャーリイが必死に訴えていることでもありますが、それがしっかりとわかるのが、最後の行き着いてしまったところというのが、またさみしいです。


 この作品は、読み返すとまた感想が変わるだろうなぁ。とりあえず、詳細を忘れたころにまた読み返したいです。


 しかし、多分ここで語りたかったころの半分も言い表せてない気がする……。読み終わった直後だからかもしれませんが、単に自分の実力不足だよなぁ。もっと精進します。

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プロフィール

西織

Author:西織
大学に入学を果たしたただの読書好き。

拍手がえしに関してはこちらでご覧ください。
http://blogvote.fc2.com/pickup/emptyreader


年齢:19
誕生日:九月九日
血液型:A型
趣味:読書
夢:作家(前途多難)


主に好きな作家
・西尾維新(番外位)

・奈須きのこ
・辻村深月
・佐藤友哉
・竹宮ゆゆこ

上記の作家の全ての作品を愛しています。

主に好きな漫画家
・児玉樹
・荒井チェリー
・椿いづみ
・福本伸行

漫画の神
・手塚治虫


補足
西尾維新の傑作はきみぼくシリーズだと思って日々を生きています。あのよさをわからない人間が多くて残念に思う。(とくに四作目)
そんな僕は生粋の西尾信者なので、いくらでも語れますし、いくらでも語りつくしてやりますよ。


『空っぽの知識』の別館ですが、よろしくお願いします。
http://tukimaturi.blog89.fc2.com/

初めての方は、カテゴリ内の『未分類』を先に読んでください。



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